2009年2月21日の娘

すぎやんの四十九日法要の日がやってきました。
前日の天気予報では寒くなるとのことでしたが、極寒ではなさそうでした。天気もまずまず良さそうです。

午前9時過ぎ、母方の叔母が到着。
この叔母は、すぎやんと同い年の73歳。やはり人ごととは思えない様子。

まだみんなが元気だった頃、この叔母一家と我が家は親しく交流していました。
叔母の娘さん(私の従姉)が結婚した時には、すぎやんがトラックを運転して引っ越し道具を運んだのですが、すぎやんはその時のことをしょっちゅう話していました。

時は流れ、叔母のご主人は私の母が亡くなった同じ年に亡くなり、叔母は現在一人暮らし。
我が家も両親とも亡くなり、あの賑やかだった時代は遠いものになりました。

叔母は位牌の前に座り、「こんにちは」と言いつつ、手を合わせてくれてました。
お土産に、ろうそくと線香を持って来てくれました。

午前10時頃、タクシーがマンション前まで来てくれました。
すぎやんの位牌やらお骨、その他もろもろの荷物を二人で手分けして運び込み、お寺に向かって出発。

この日のタクシーの運転手さんは朗らかな方でした。叔母は好奇心旺盛で話し好きなので、会話は自然と盛り上がり、3人であれこれとずっと話をしていました。
道路渋滞もなく、20分ほどでお寺に到着。

母方の従兄とその息子夫婦の3人は、既にお寺に到着していました。
法要は午前11時からなのに、30分以上前に参列者が全員到着。

この日、一番寒かった場所が、実はこのお寺。
ストーブは付けて下さったのですが、部屋の広さと参列者の数が釣り合わないため、なかなか部屋が暖まりません。そのうえ、古い木造なのですきま風が入ってきます。廊下は、部屋よりもさらに寒い。
ここで食事することをやめて、正解でした。

午前11時、読経が始まりました。
住職さんの声をぼんやり聞きながら、すぎやんがこのお寺の思い出話を時々していたことを思い出していました。

約20分ほどで、読経は終了。
白木の位牌は、お寺さんで処理してもらうことにしました。そして持参した祖供養を、お寺さんと参列者に渡しました。

次は、納骨のため、墓に移動です。
住職さんの準備を待つ間に、従兄にトラブル発生
法要後に診察してもらった病院で「中耳炎」と診断され、事なきを得たらしいのですが、その時は全員が大騒ぎ。

本人が「大丈夫だ」と言い張るので、心配でしたが納骨にもおつきあいいただくことに。
住職さんの運転するワゴン車に乗り込み、墓地に向かいました。

墓地に到着、全員が我が家の墓前に揃い、いよいよ納骨です。
しかし、重い墓石を動かすために使えそうな要員は、従兄の息子、たったひとりだけ。
彼は顔を真っ赤にさせながら、墓石を動かしてくれました。

ぽっかり空いた穴からは、15年前に納めた母のお骨がまだ残っているのが見えました。
そして、その穴からすぎやんのお骨を、ばらばらと納めていきます。

墓石を元に戻してもらい、住職さんに読経してもらい、法要は終了。

骨壺を持ったままの私に、住職さんはこうおっしゃいました。

「骨壺、どうされるんですか?」
「どうしようかな、って思ってるんですが」
「それやったら、そこに捨てて帰らはったら? 邪魔でしょう」

そこ、というのは、墓地の隅にあるゴミ置き場。
ちょっとためらいましたが、今となっては確かにゴミです。置いて帰ることにしました。

途中の駅前で住職さんと別れ、予約しておいた会食場所で食事をして、行事は終了。
電車と徒歩で、とぼとぼと家路につきました。

家に戻ってすぐ、お世話になった葬儀社に電話し、四十九日までの飾り付けの撤去をお願いしました。
仏壇の掃除をしていると、葬儀社の方が来られ、あっという間に片付けて帰られました。
和室は、すぎやんが亡くなる前の状態に戻りました。

掃除を済ませた仏壇内に、すぎやんの本骨を安置しました。
一周忌までは、このままにしておくつもりです。

その後、すぎやんがお世話になった施設宛てに、スタッフ全員への手紙も添えて、満中陰志を発送しました。そして、葬儀に関わる書類を一ヶ所にファイリングしました。

大きな区切りを迎えたこの日、何かが終わったような気がしました。






これまでのすぎやん

2004年 ブログスタート。
8月  9月  10月  11月  12月

2005年 腸閉塞で入院。車椅子新調でハイテンション。
1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月

2006年 外での飲酒発覚、私と大げんか。足の腫れが慢性化し始める。
1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月

2007年 てんかん発作で入院。これをきっかけに、すぎやんの季節が変わった。
1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月

2008年 ベッドに寝転んで過ごす日が増え始め、曜日も日付も季節も、すぎやんから少しずつ遠ざかっていく。
1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月

ガン発覚。
11月

入院生活開始、検査漬けの日々、そして抗がん剤治療へ。
11月  12月

様態急変、個室へ。
12月

2009年 とうとう力尽きる。
1月

通夜、告別式から四十九日まで
1月〜2月







最終回 〜感謝を込めて〜

私の母が亡くなったのは、1994年1月。私が29歳の時のことでした。

母は私に愚痴こそこぼしていましたが、すぎやんのことについては、何もかも全て自分一人で背負い込みました。
「あんたはお父ちゃんのこと、何もしなくていい。何もするな」と、母から手出しを一切禁じられ、すぎやんとも数年間全く会いませんでした。

そんな私が母の死で、「父の介護」に突然向かい合うことになりました。

何をどうしていいのか、ほとんどわからないままのスタート。
すぎやんとどう接していいのかも、最初は全くわからなかったのです。

それまですぎやんは、とある病院に年単位でお世話になっていました。
しかし医療制度が徐々に変化し、同じ病院での長期入院は不可能になり始めました。
すぎやんは、定期的に様々な病院に転院するという生活を、長く続けました。

そして、介護保険制度が発足。
すぎやんは常時入院している必要はないと、病院から退院を迫られました。

運良く入所できた介護老人保健施設で1年を過ごした後、終の住まいとなった有料老人ホームにすぎやんが入居したのが、2003年5月。
「今度はいつ移動だろうか」という不安な思いから解放され、すぎやんも私もようやく腰を落ち着かせることができました。

そして新しい暮らしに慣れた頃には、暴れん坊将軍すぎやんは施設内での有名人にのし上がっていました。
だけど、すぎやんのことを怖がる人はいたけれど、嫌う人がそんなにいない。

なぜだろう。

すぎやんって、本当にどうしようもない人だけど、実はものすごく人間くさい人なのかもしれない。

そう感じた私が、すぎやんのおもしろい言動を書きとめ、「今週のすぎやん」というタイトルでホームページに文章を綴り始めたのは、すぎやんが老人ホームに入居して1年が過ぎた、2004年8月のことでした。
その1年後にログごとブログに移行させ、ブログ「今週のすぎやん」がスタートしました。

ホームページの時代を含めると、「今週のすぎやん」の連載期間は約4年半。
更新が滞ることも多々あり、1年ほどブランクが空いた時期もありました。
だけど、すぎやんの記録をやめることは決してしませんでした。

ここまで続けられたのは、ひとえにすぎやんのパワーのおかげです。

本日をもって、「今週のすぎやん」の更新は、終了させていただきます。

ブログ自体は、少なくともすぎやんの一周忌までは残す予定です。
とことん自分を貫き、頑張り抜き、まっすぐに生き抜いたすぎやんに会いたくなったら、いつでもここにお戻り下さい。

戻って来られた時にお読みいただきやすいよう、記事を整理しました。
今までは記事を更新した日ごとに並んでいましたが、実際に私がすぎやんに会った日ごとにまとめました。

この記事のひとつ前の記事「これまでのすぎやん」に、年・月ごとにまとめてあります。また、画面右の「月ごとのすぎやん」も活用していただけると思います。
お時間のある時にでも、順番にお読みいただければと願っています。

すぎやんに関することは、今後は「ひーのためごと」という私のブログで、随時書いていく予定です。
よろしければ、遊びにお越しくださいね。

「今週のすぎやん」をお読み下さった皆さん、本当にありがとうございました。




最後に。

「有料老人ホーム アミーユ茨木東奈良」の全スタッフの皆さん。
長い間、お世話になりました。

すぎやんの暮らせる場所があったからこそ、皆さんがすぎやんの居場所を作って下さったからこそ、私はすぎやんと距離感を保ち、きちんと最後まで向き合うことができたのだと思います。
自宅での介護だったら、私は自滅していたと思います。

お世話になった約6年間は、親子同士として、人間同士として、一番濃密な関係をすぎやんと築けた期間でした。
おかげで、子供の頃にはわからなかった、すぎやんの心の奥底を、少しだけ垣間見ることもできました。また、亡き母を含めた私たち親子3人が、最後までなぜ「家族」になれなかったのか、その理由にも気付かされました。

最後の最後までお気遣いいただき、本当にありがとうございました。


特に。

すぎやんが自分の息子のようにかわいがっていた、施設長さん。
すぎやんの臨終をみとってくれて、ありがとう。
すぎやんは、確かにあなたの到着を待っていました。あなたにみとってもらえてよかった、最期を見届けてもらえてよかったと、今、心から思っています。
本当に、本当に、ありがとう。

すぎやんが自分の娘のようにかわいがっていた、つねちゃん。
陰に日向に、すぎやんにたくさんのやさしさをありがとう。通夜の際の心遣い、私は一生忘れません。
本当に、本当に、ありがとう。




2009年5月10日
ひー(すぎやんの一人娘)







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