2009年1月1日のすぎやん

2009年1月1日のすぎやん


元旦の私の恒例行事である、母が眠るお墓への初詣を済ませ、その足で病院へ行きました。

ナースステーションでは、主治医がパソコンと格闘中。
「こんにちは」と声を掛けると、私の顔を見た瞬間に、「あ〜、あのですね〜」と言いながら立ち上がり、すぎやんの病室に向かわれました。

この日も朝から血液検査が行われたようなのですが、相変わらず血小板の数値が低いので、すぐに血小板輸血をしたとおっしゃった後、体全体の栄養状態が芳しくないという言葉がありました。
特に、アルブミンの値が非常に低いとのこと。

血液の液状成分のことを、血漿(けっしょう)と言います。
血漿中に一番多く含まれるタンパク質が、肝臓で生成されるアルブミン。
血管内の水分の保持や、ビタミンやホルモンなどを運ぶ働きをするそうです。

アルブミンが低下すると、血管から水分が漏れ出します。その影響で、すぎやんは体の末梢に浮腫(むくみ)が起きやすい状態だとのことです。
これを改善するために、アルブミン製剤の点滴が行われることになりました。

しかしこのアルブミン製剤は、血漿分画製剤(けっしょうぶんかくせいざい)と呼ばれる、人の血液から作り出された薬。
人によっては副作用が出るというリスクがあるのです。

そのため、同意書へのサインが求められました。

「尿も出にくくなっているようですので、利尿剤も入れます」

昨日の血液検査の結果で、肝臓関連の数値が非常に高くなっていたので、理由を聞いてみると、胆汁の流れが悪くなっているせいではないかとおっしゃいました。

胆汁は肝臓で作られ、胆のうに蓄えられ、必要に応じて胆のうから胆管を通って、十二指腸に出てきます。
すぎやんは既に胆のうを切除してしまっているので、肝臓から直接胆汁が十二指腸に出てきます。

だけど、すぎやんの十二指腸には、大きな腫瘍(ガン)があります。
その腫瘍がもしかしたら大きくなっており、食べ物だけでなく、胆汁すら十二指腸を通らなくなってしまっている可能性が高いとのことなのです。

ただただ、ため息しか出ない私。

主治医は、「寒気が出てきているので、また注射をします」という言葉を残して退室されました。
入れ替わるように看護師さんが来られ、すぐ筋肉注射が接種されました。

高熱は相変わらずで、前日よりもさらに脈拍数が多く、常に100以上の値が表示されています。常に走っているのと同じ状態なので、息づかいも荒く、ぜいぜい言ってます。

だから、すぎやんがいろいろしゃべりかけてくれても、言葉が聞き取れない。
何度聞き直してもわからない時の方が多くなってきました。

意識もやや朦朧としているようです。

「何、メガネかけてるねん」
「誰が?」
「お前や」
「メガネなんか、かけてへんで。もしかして、お母ちゃんに見えた?」

生前メガネをかけていた母。私はメガネはかけていませんが、それでもすぎやんが時々びびるほど、私は母にうり二つなんです。
それにすぎやんは、母がこの日は仕事なのか、ということも私に聞いてました。

母は亡くなっているんですけどね・・・。
すぎやんはそれを知っているんですけどね・・・。

注射後しばらくすると、悪寒は治まったようです。
するととたんに「暑い」と言い出し、体を動かして掛け布団をどけようとし始めます。
そして、ぼーっとしながらもテレビを見始めました。

点滴薬はどんどん増えて、もう何がなんだかわからない状態です。

本当にどうなるんだろう。熱は下がるんだろうか。少しでもよくなるんだろうか。






2009年1月2日のすぎやん

2009年1月2日のすぎやん


脈拍数が多いのは相変わらずです。
走り終わった後のような感じの呼吸で、ぜいぜい言ってます。


監視装置の数字


そのせいか、何を言っているかがますます聞き取りづらくなってきました。
ひとりごとみたいな言葉や、私に一生懸命話しかけてくれる言葉も、半分以上わかりません。

視線もなんとなくぼんやりしてます。

私が着ているセーターの肩の上に付いている飾りボタンを見て、

「何、肩に豆つけているんや」
「豆?」
「そこに付いてるやんけ」
「あ、これはボタン。豆とちゃうで」

それに、病室に虫など全く飛んでいないのに、「部屋に蛾が飛んでいる」とも言ってました。

つらさは尋常ではないと思うのに、私に気を遣って、なんだかんだとしゃべろうとするし、相変わらず看護師さんにまで気を遣っているようなので、警告を発しました。

「もういいかげんにせんと怒るよ。今は病気やねんから、無理をしたらあかん。余計な気を遣わんでもええ」
「怒られてばっかりや」

すぎやん、ぶつぶつとつぶやいてました。

体温がまた38度台になったため、昼頃に注射をしたようです。そのせいか、私がいる頃には37度前半の体温まで下がりました。
また、利尿剤が効いたのか尿もたくさん出ていました。

でもまた熱は上がるんだろうな・・・。


ぼんやりしているすぎやん






2009年1月3日のすぎやん

2009年1月3日のすぎやん


部屋の前で、看護師さんに会いました。

熱が上がれば注射して、ちょっと下がってまた上がり、という繰り返しは、まだ続いているようで、「今日は飲み薬を飲んでいただきました」とおっしゃいました。

「筋肉注射なんで、普通よりもかなり痛くてつらいですし、ご本人も飲み薬がいいとおっしゃったので」

体調は、前日とさほど変化がないようです。
血圧の数値がかなり低かったのですが、ここ数日で改善したようです。

ただ、常時酸素を吸入している割には、体内の酸素数(SPO2・正式には「経皮的動脈血酸素飽和度」と言うのだそうです)が低くなってきています。息苦しそうなのも変わりません。
もしかしたら、肺炎になりかけているんじゃないかと、心配しています。

そんなすぎやん、めずらしく「喉がかわいた」と言いだし、吸い飲みのお茶をあっという間に2杯飲み干しました。

ただ、すぎやんの言葉が本当に聞き取りづらくなり、この日は断片的な単語を聞き取るのが精一杯。
昔の話をしているのは確かなのですが、内容はわからなかったです。

つらいはずなのに、相変わらず意地を張っているようで、巡回してきた看護師さんに具合を聞かれても、「つらい」とか「しんどい」とは言いません。

「昨日より楽になったわ」

楽になっているはずはないのに。

時々、周りの点滴やら機械やらを見て、つぶやいてます。

「えらいこっちゃなぁ」

私にしてみたら、ずいぶん前から「えらいこっちゃ」です。
すぎやんたら、まるで人ごとのよう。

それでも口数はかなり減り、うとうとしていることが多くなりました。

だけど、すぎやんは時々急に目を見開き、扉のガラスに映る人影が気になるらしく、「そこに人がおる」などと言ってました。
また、私の顔を凝視している時間も増えました。

夕方の4時くらいが、オムツ交換の時間です。
ここ数日は、オムツ交換の時にクッションを差し替えたりして、自力で体を動かすことが困難になってきているすぎやんの体位交換も行われています。

普通に会話できるようには、もうならないのかな。

夜、すぎやんが暮らす施設の責任者の方から、病状確認のお電話をいただきました。
現状を説明し、当分退院は無理だろうと説明すると、「そうなんですか・・・」とため息をついておられました。

「お見舞いに行かせていただいた時、病院側にお話を聞こうとしても、個人情報の問題とかで、何も聞かせてもらえないんですよ」
「そうなんですか」
「施設の者だからって言ってもダメなんです。あくまで家族さんじゃないと、って」

とにかく、熱が無事下がって体調が安定し、もし次のステップに進めるようになったら、今後どのようにすれば施設での生活が可能かという打ち合わせを、かかりつけ医も交えて話し合う必要があるという見解で一致しました。


寝込んでいるすぎやん






2009年1月4日のすぎやん

2009年1月4日のすぎやん


朝8時45分頃、携帯電話の着信音で目覚めました。
病院の看護師さんからでした。

「今からすぐ来て頂くことはできますか?」
「え、何かあったんですか?」
「先生からの説明を聞いていただきたいのです。ちょっと容態が悪いので・・・」

気持ちは動転しているのですが、直前まで寝込んでいたので、寝とぼけた返事しかできない私。

「あ、えっと、今何時・・・」
「9時前です」
「すみません、これから朝ご飯食べるんで、10時までには行きます」

電話を切って、ちょっと気持ちを落ち着かせる。

大部屋にいるわけじゃないんだから、病室にはすぎやんしかいないんだから、コンビニでおにぎり買って、病室で食べればいいんだ。

そこで大急ぎで身支度を済ませ、途中のコンビニで食料を調達して、9時20分頃に病院に飛び込みました。
歯磨きをしてないのに気付いたのは、病院へ向かう途中でした。

すぎやんの部屋は2人部屋ですが、現在は完全に個室状態です。
部屋に入ると、空きベッドが撤去されていました。

いよいよ人工呼吸器か。

ベッドサイドの機械の数字は、前日に比べてもさほど変わりません。
ただ補充している酸素量が、前日までは1の目盛りに合わされていたのが、3になっています。

1リットルから3リットルに増やされているということです。

しばらくすると主治医がやってきて、私を別室に案内しました。

「とにかく容態がよくないんです。もうどうしようもないところまで来てしまっているんです」

そして、今までの経緯から順々に説明して下さいました。

すぎやんの病名は、十二指腸ガンと転移性肝ガン。
肝臓への転移が認められるので、外科医は「根治手術は不可能」と判断されました。
そこで、化学療法に移行。

抗がん剤のTS-1とジェムザールを、通常の7割程度の量から投与を開始しましたが、容態が悪化して投与中止。
貧血状態を解消するために輸血や血小板輸血が何度も行われ、点滴で栄養をかなり入れているにも関わらず、低栄養状態がずっと続いています。

この状態が長く続くと、血液が濃縮されたような状態になり、血液中の水分が周りの臓器に浸潤し始め、手足がむくんだり、お腹や肺に水がたまりやすくなるのだそうです。

また、血液の浸透圧が下がるため、体の中は点滴などの水分で一杯なのに、腎臓は脱水状態とみなすため、すぎやんの体内は非常にアンバランスな状態になってしまっています。

「そんなわけで現在は、心臓と腎臓が正常に機能していない、多臓器不全の状態なんです。今は、心不全を起こしかけてますね」

そう言いながら主治医が見せてくれたレントゲンの写真には、肺の辺りに白い影が見えています。

「機械の数字的には昨日とあまり変わりはないです。でも呼吸も荒いので、いつ呼吸が止まるかはわからない状況です」
「・・・」
「ご本人は『大丈夫だ』と言い張っておられますが、現在は気力でもっている状態で、かなりしんどいはずです。この気力が切れた時に、がたがたっと悪くなる可能性が非常に高いです」

私が朝から呼び出されたのは、やはりすぎやんに人工呼吸器を付けるかどうかの意思確認のためだったのです。

「心不全を防止するためには、気管切開をして、人工呼吸器を取り付ける必要があります。どうしますか?」
「・・・」
「もし付けるなら、今日これからしようと思っています」

人工呼吸器を取り付けると、肺と心臓の管理は機械で行うことになります。心臓への負担も少しは和らぐでしょう。
でも、すぎやんとの会話は完全に不可能になります。

「まぁ正直、ご本人も嫌がられると思います。しゃべることの出来る方は、たいがい嫌がられるんですよ」

人工呼吸器を付けたとしても、問題は解決しません。

呼吸器を取り付けると、水分を減らす、つまり現在の点滴量を減らす必要があるのだそうです。
そうすると、ただでさえ脱水状態とみなしている腎臓の脱水がさらに進行し、遅かれ早かれ腎不全の状態に陥ってしまいます。

呼吸器を取り付けなければ、心不全を起こす可能性が極めて高い。
もし無事に乗り越えても、必ず腎不全となってしまうだろう。
透析という手もあるが、元々の病気(ガン)があるので、透析担当医もOKを出さないだろう。万が一、透析ができたとしても、今度はガンが大きくなる。

主治医は、そうぽつぽつと言葉を続けます。

八方ふさがりです。

「アルブミンも3日間投与したんですけど、この薬は1ヶ月に3回しか使えないんです。それ以上使う場合は、全額自己負担となってしまうんです。利尿剤なども使用して尿の排出を助けてはいますが、それもいつまでも続かないでしょう」

血液検査の結果も悲観的な数字ばかりです。
そう、もう、打つ手がないということです。

ちょっと悩んだのですが、人工呼吸器を付けてもらうのはやめておくことにしました。
すぎやんを苦しめるかもしれないけれど、若い頃から何度も手術を繰り返していたすぎやんの体に、もうこれ以上メスを入れるのだけは避けたかった。
それに、少しでも会話ができるなら、それに賭けたかった。

「わかりました。それじゃあ、このままいきましょう。あとは、ご本人の気力次第です。点滴の内容も、これからまた変えます」
「あの、もうあと1ヶ月とか、そんなレベルですか」
「いや・・・1週間とかそれくらいですね・・・」

1ヶ月なんて無理だって、わかってました。覚悟はしてました。
でも実際に聞いてしまうと、やはりショックです。

ため息をついて呆然としてしまった私を、主治医はじっと見つめていました。

「今の状態って、やっぱり抗がん剤が効きすぎたんですか?」
「うーん、もともとの病状とか、体の状態もあったでしょうし・・・」
「でもきっかけが、抗がん剤?」
「きっかけにはなったでしょうね」

バイパス手術は逃げだと思って選んだ化学療法。それなのに、こんなことになってしまった。
すぎやんと2人で決めた道だけど、果たしてこれでよかったのか。
ここ数日、私の心にこみ上げるのは、そればかりです。

「こんなになるんだったら、バイパス手術を選んでおいたらよかったんでしょうか・・・。ちょっと悩んでるんです・・・」
「もし手術していたとしても、少しは食べられるようになっていたとは思いますが、患部はそのまま残っているから、どうなっていたかは・・・でも、低栄養状態にはなっていたかもしれませんね」

どっちにしても結果は同じだったのではないか、というニュアンスが、主治医の言葉の行間から伝わってきました。

ふらふらになりながら病室に戻ると、すぎやんは私の顔をじっと見つめます。
主治医と何を話してきたのか、気になる様子でした。

「呼吸がしんどそうやから、人工呼吸器を付けようかって聞かれたわ。そやけど、断ってきたで。そのかわり、もうちょっとしんどいで。点滴も違うのに変えてくれはるって」
「呼吸器は、嫌や」

納得してくれたようです。

ただなぜか、「オペ(手術)か」「外来へ行くんか」と、私に何度も聞きます。

「こんな体で、外来に用事はあらへん。それに、オペなんかできるわけないやんか。薬も変えてくれはるらしいから、もうちょっと頑張ろう」

この期に及んで、まだ「頑張ろう」と言わなければならないなんて。
すぎやんはもう、十分頑張っているのに。

それにすぎやんは、まだ治療費などの心配をしてます。
もうそこまで私に気を遣うのは、やめて。

疲れ切っていたのですが、お腹はすいたので、コンビニで調達したおにぎりを絶飲食中のすぎやんの横で食べる私。

「ごめんな。お腹すいたから、ここで食べるわ」
「それ、なんや」
「おにぎり。ごめんな、食べられへん人の横でこんなことして、鬼のような娘やなぁ」

私の言葉に、すぎやんは笑ってました。

そうこうしているうちに、すぎやんは「喉が渇いた」と言い出しました。
そこで看護師さんから主治医に確認してもらい、「少しずつなら水分もOK」とのことだったので、水を飲んでもらいました。

尿意はあるらしいのですが、しきりに「しょんべん、出えへん。痛い」と苦しそうに訴えます。腎臓の機能が確実に悪くなってきているのでしょう。
そのたびに、「楽にして。オムツしてるんやから、漏らすこともないんやで」としか声を掛けられないのが、本当につらいです。

まだ話ができる間に、来られる方には来てもらおう。

私は、すぎやんが暮らす施設に電話して、顔なじみのスタッフに顔を出してもらえるようお願いしました。
ちょくちょく施設まで来てくれていた、私の従姉(父の姉の子供)にも連絡を入れました。でも彼女のご主人も、ガンが悪化して入院中。予断を許さない状況だとおっしゃってました。

洗濯物を持って一旦家に戻り、洗い終わった洗濯物を夜に運びました。
すぎやんはよく寝ていたので起こさず、そのまま帰りました。






2009年1月5日のすぎやん

寝込むすぎやん


すぎやんはぐっすり寝込んでいて、私が病室にいた2時間近く、全く目を覚ますことはありませんでした。

鼻から補給されている酸素量は、前日の3リットルから4リットルに増えていました。にもかかわらず、体内の酸素数(SPO2)が少なく、機械に表示される波形も、前日よりも明らかに高低差が激しい状態です。
脈拍も早く、寝息も苦しそう。


機械の波形


心臓への負担が、かなりきつくなってきているようです。

前日の主治医の予告通り、点滴の薬の内容が変わっていました。それに、輸液の量をコントロールする機械も取り付けられていました。


輸液量をコントロールする機械


熱は36度台に下がったみたいです。

看護師さんが巡回に来られましたが、それ以外はすぎやんの寝息しか聞こえない病室で、私は特別することもなく、ぼんやり過ごしました。

隣室の2人部屋に入院中の男性たちは、代わる代わるしょっちゅうナースコールを押します。
あまりに押しまくるので、看護師さんもお手上げ状態。
この日は先生が直接病室に行かれ、「用事がない時に押したらあかん」と怒る声が聞こえてきました。

思わず笑っちゃいましたけど、ナースコールを押しすぎるのも困るけど、うちのすぎやんみたいに押さなさすぎも困るよな。

ぼんやりしながらも、今後のことが私の頭を巡ります。
それで今後もうたぶん使わないと思われる、未開封のリハビリパンツ・入浴セット・愛用の片方の靴・尿器を持ち帰ることにして、荷造りを始めました。

すぎやんがこんな状態なのは、とても悲しい。
でも、すぎやんの寿命がはっきり切られた今、退院時の荷物を少しでも減らさないと。

自分の相反する気持ちに、いらだちを覚えます。

病室の窓から見える夕焼けが、この日はとてもきれいでした。


病室からの夕焼け


この病室からの景色が見られるのも、この病院に通うのも、あと少しだろうな。






2009年1月6日のすぎやん

昼過ぎに病院から電話がかかってきました。

「状態があまりよくありません。なるべく早く病院に来てあげて下さい」

来るべき時が、来たのかもしれない。

今晩は病室での泊まり込みになるかもしれないと予想し、仕事も済ませ、洗面セットなどを準備して、午後3時過ぎに病院に入りました。

補給されている酸素量は、最大の10リットル。前日までは鼻にセットされているだけでしたが、口に大きめのマスクが装着されていました。
しかし、たくさんの酸素が補給されているにもかかわらず脈拍も早く、SpO2(体内酸素量)の数字は常時80台。
健康な人だと100近くの数字が平均値なので、明らかに低い状態です。

前日はずっと寝込んでいましたが、この日はすぎやんはずっと意識がありました。
私の顔を見て、マスク越しにもごもごとしゃべっているのですが、何を言っているのか全く聞き取れません。

荒い息遣いで、まさに必死で呼吸している感じです。
つらくて体の持って行き場がないようで、頭を左右に振ったり、ベッドサイドの柵を持とうとしたりして、常に体を動かしています。
そして、時々マスクを取ろうとします。

「はずしたらあかん。はずしたら死んでしまう」と声をかけながら、またマスクをかけるという繰り返しです。

しばらくすると、主治医が病室に入って来られました。
「頑張りましょうね」と声をかけられたすぎやんは、何とかうなづいていました。

「状態が悪いですね・・・酸素量も全然足らないし・・」

主治医はそうおっしゃり、私を別室に案内して、宣告されました。

前日からさらに容態が急変し、全身状態が非常に悪く、もう手の施しようがないところまできていることを。

今日、明日が山であるということを。

「酸素もマックス値の10リットル入れているんですが、全く足りない状態です」

もうたぶん、すぎやんは夜を越すことはできない。

「今晩は、ここにいた方がいいですね?」
「そうですね」

私の質問に、主治医は即答。

病室宿泊決定。

部屋に戻ると、すぎやんは相変わらず苦しそうですが、先ほどと特に様子は変わっていませんでした。
そこで、病院1階にある売店に行き、もしもの時に備えての、男物の寝間着(ゆかた)を購入。ついでに、夜食用のパンも買いました。

それからは、病室ですぎやんを見守る時間が過ぎていきました。

すぎやんは時々、私の顔をじっと見つめます。
巡回してこられる看護師さんに声をかけられると、何とか答えようとしている様子が見られますが、もうあまり力がありません。

まさに分単位で、徐々にすぎやんの状態が悪くなっていきます。
ベッドサイドの監視モニターに表示されているSPO2の数値が80を切ると、低い音で警報音が鳴ります。
その警報音が鳴る時間が、だんだん長くなっていきます。

これは、今晩どころの話ではないかもしれない。

考えたあげく、私はデイルームに行き、すぎやんが暮らしていた施設に電話して、施設長さんを呼んでもらいました。
運良く、まだ事務所におられました。

私は施設長さんに現状をお話しし、もしものことがあった場合、病院からすぎやんが暮らしていた部屋に戻ることはできるかどうか、聞いてみました。
でも予想通り、「それはできません」というお答えでした。

「入院中ではなく、施設内でお亡くなりになった場合には、何とでもしようがあるんですけど・・・」

さらに、施設の裏手にある公民館で、地元の方が葬儀を行っているかを見たことがあるかを確認すると、「もともと使用時には予約が必要だし、そういう葬儀をやっているのを見たことがない」とのお答え。
仕事中のスタッフでも気軽に参列してもらえるような葬儀は、やはり無理なようです。

施設の部屋に戻りたがっていたけれど、仕方がない。後は葬儀屋さんとの話だ。
そう思って電話を切ろうとすると、施設長さんが質問してこられました。

「あの、まだ病室におられるんですか」
「はい、今日は泊まるつもりです」
「・・・僕、これからそちらに行きます。すぐ事務所を出ます」

電話を終えて病室に戻り、椅子にくずれるように座ると、モニターから再び警報音が鳴り出しました。
モニターを見ると、脈拍が40台。

びっくりしてすぎやんを見ると、ものすごく苦しそうな様子です。

私の体は固まってしまい、声も出ません。
ナースコールを押すのが精一杯でした。

どたばたと数人の看護師さんたちが走ってこられ、すぎやんの名前を何度も呼びながら対応しておられます。

そうこうしているうちにどんどん脈拍は下がり、とうとうゼロになりました。

私はもう体が固まってしまって、身動きが取れません。

ふたりの看護師さんが様態を見ながら、主治医にも連絡を取っておられます。
そのうちのおひとりが、半ば呆然と突っ立っている私に声をかけてこられました。

「お耳は聞こえておられます。ですから、そばで声をかけてあげてください」

その言葉でようやく体が動き、私はベッドのそばに行き、すぎやんの肩や腕のあたりを軽く叩きながら、「大丈夫、大丈夫?」と声をかけ続けました。

私の「大丈夫?」に、すぎやんは、確かに「大丈夫」と答えてました。
涙がこぼれました。

すぎやんは数秒に1度呼吸をするような感じで、首を絞められた時に出すような苦しそうな声を出しました。

もう自分でも何を言っているかわからなくなってしまいましたが、「つらい思いさせて、ごめんな」と、声をかけたような気もします。
でも、もう十分頑張っているすぎやんに、「頑張れ」という言葉はかけられなかった。かけちゃいけないと思った。

記憶にあるのは、「大丈夫、大丈夫やから」と言い続けたこと。
そして、「もうすぐ施設長さんが来てくれる」と声をかけ続けたこと。

実はすぎやん、この施設長さんのことが、本当に大好きでした。
彼が施設長就任前、まだ介護スタッフとして走り回っておられた頃、すぎやんは彼の後をついて回り、何かとちょっかいを出し、とてもかわいがっていました。
施設スタッフの中でも、彼の存在は別格でした。

施設長さんが来ると言い続けているうちに、一旦はゼロになったすぎやんの脈拍が、徐々に上がり始めました。
やがて正常値になり、さらに100を超える値になりましたが、何とか再度呼吸を始めたのです。
血圧を上げるための注射もされました。

ただ、看護師さんがライトを使ってすぎやんの目の動きをチェックされていましたが、

「どうですか?」
「反応が、ありませんね・・・」
「この状態から蘇生する人はいるんですか?」
「・・・まれにおられますが、ほぼ、おられませんね・・・」

それでも病室内は、ほんのつかの間、落ち着きました。
看護師さんは、「どこかご連絡しなければいけないところがあれば、すぐされた方がよいです」とおっしゃいました。

もう間に合わないとは思いつつ、ちょくちょく施設まで来てくれていた、私の従姉(父の姉の子供)に一報を入れました。

しかしこの日の午後、闘病中だった彼女のご主人も、ガンでお亡くなりになっていました。

それ以外には、強いて知らせなければならないような親戚もいません。

それからしばらくすると、施設長さんが到着されました。
彼の顔を見た瞬間、「ああ、間に合った」と言ってしまった私。

「さっき、心停止したんですけど、施設長さんが来るって言ってたら、持ち直したんです」

その時点で、彼の目は、うるうるしていました。
一生懸命、すぎやんに声をかけて下さってました。

そして。

すぎやんはまもなく、痰が絡んだような呼吸をし始めました。
そして脈拍が再びどんどん下がり、あっというまに顔中に黄疸が広がりました。

「痰、取れないんですか?」
「何とか、痰を」

私と施設長さんがそばにいた看護師さんに伝えましたが、看護師さんもつらそうです。

「でも、これ以上さらにつらい思いをさせてしまうかも」

そう言いつつ、看護師さんは「すぎやん、痰を取ろうか? 我慢できる? 大丈夫?」と声をかけられましたが、痰を取る間もなく、脈拍は急降下。

そんな中、主治医が入室。
主治医は、じっとすぎやんを見つめています。

瞳孔チェックをされていますが、もう何の反応もないのでしょう。心臓マッサージなどをされる気配は、全くありません。
そして主治医は、私に視線を向けました。

「一生懸命呼吸しようと試みてますが、もう瞳孔の反応もありません。マスク、はずしてみましょうか」

酸素マスクがはずされた瞬間に、ベッドサイドのモニターのグラフは、すぐにまっすぐになってしまいました。
マスクから補給されていた酸素がかろうじて反応していただけで、もう自力呼吸はしていなかったのでしょう。

それを確認後、先生はポケットから取り出した院内用ハンディフォンに表示された時刻を見ながら、宣告されました。

「1月6日午後6時45分、死亡確認とさせていただきます」

私は「ありがとうございました」と、一礼。

すぎやんが、とうとう、力尽きました。






カレンダー
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>
現在表示中のすぎやん
月ごとのすぎやん
コメント
「今週のすぎやん」とは
娘のサイト
娘もがんばってます。
娘が作ったテンプレートが雑誌に掲載・収録されました。
ベクターでも絶賛公開中。

エクセルとワードのテンプレートが7個掲載・収録。



エクセルとワードのテンプレートが9個掲載・収録。



エクセルのテンプレートが11個掲載・収録。


介護関連サイト
独立行政法人福祉医療機構
 「WAM NET(ワムネット)」


MY介護の広場

高齢者住宅情報センター

介護用品・福祉用具の店舗販売と通販 快適空間スクリオ(大阪府箕面市)

有料老人ホーム アミーユ

相互リンクサイト
♪楽しく過ごすための快適・介護 『MyKaigo』
介護ヘルパー資格を取得し、介護と子育てを両立されているまめさんによる、介護と介護者に役立つ情報紹介サイト。脳挫傷による急性硬膜下血腫で倒れ、後に脳幹梗塞を発症した要介護5の義理のお母様を在宅介護されている様子が、手に取るようにわかります。

ほれ、ぽちっとな




レビューポータル「MONO-PORTAL」
レビューポータル「MONO-PORTAL」
すぎやんのおすすめ
難波金融伝 ミナミの帝王(1)トイチの萬田銀次郎
難波金融伝 ミナミの帝王(1)トイチの萬田銀次郎 (JUGEMレビュー »)


「銀ちゃんは賢いやつや」と、すぎやん絶賛。
すぎやんのおすすめ
たかじんのそこまで言って委員会III
たかじんのそこまで言って委員会III (JUGEMレビュー »)


すぎやんは、昨今の時事問題をこの番組でチェックしている。(すぐ忘れるが(;_;))
すぎやんのおすすめ
水戸黄門 第一部 シリーズ BOX [DVD]
水戸黄門 第一部 シリーズ BOX [DVD] (JUGEMレビュー »)

「水戸黄門は東野英治郎や」と、すぎやんは熱く語る。
すぎやんのおすすめ
サザエさん (1)
サザエさん (1) (JUGEMレビュー »)
長谷川 町子

「サザエさんはいつまで経っても年とらへん。親父は1本の髪の毛にドライヤー当てとる」と、すぎやんは笑う。

すぎやんのおすすめ
DVD TV版傑作選 クレヨンしんちゃん 1
DVD TV版傑作選 クレヨンしんちゃん 1 (JUGEMレビュー »)

「長い顔のおかん」と「一家の顔がみな一緒」が、すぎやんのツボ。
すぎやんのおすすめ
ちびまる子ちゃん全集1990 「まるちゃんきょうだいげんかをする」の巻
ちびまる子ちゃん全集1990 「まるちゃんきょうだいげんかをする」の巻 (JUGEMレビュー »)


「ちびまる、顔に線が入る」と、すぎやんは楽しみにしている。
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM