2008年12月1日のすぎやん

2008年12月1日のすぎやん


スーパーで前開きズボンのパジャマを購入して、10時頃病院に入りました。
結局また排尿に失敗したようで、予備のズボンを使い果たしてしまい、病院にあるズボンを借り、紙パンツをはいていました。

「外科に行って何をすんねん。検査か?」
「診察やって聞いてるで。そやけど何をするか、私にもわからへん」

このやりとり、10回は繰り返したような気がします。
あまりにしつこいので、ちょっと切れてしまった私。

「外科に行って何をすんねん。検査か?」
「だから、私にもわからへんって言うてるやん」

10時〜11時頃に呼び出しがあると思うと主治医から聞いていましたが、なかなかお呼びがかかりません。
その間すぎやんは、昔話や亡くなった人たちの話をずっとしていました。

11時もだいぶ回った頃、主治医が部屋にやってきました。

「行ってきましたか」
「呼び出しがまだないんです」
「え、さっき通った時、外来すいててんけどな。連絡してみますわ」

しばらくすると、昼食が配膳されました。
すぎやんは常々、「ここの飯はあかん」とぼやいていました。

この日の昼食は、重湯に近いおかゆ、お吸い物、ホウレンソウのお浸しをつぶしたようなもの、豆腐にケチャップをかけたようなもの、ジョア。


12月1日の昼食


「こんなん、ブタでも食わん。わしはブタ以下や」
「ブタやったら、喜んで食べるで。普通のご飯は今食べられへんのやから、我慢して口に入れな。点滴だけやったらあかんで」
「食欲がない。マグロの刺身やったら食えるんやけどな。寿司やったらええんやけどな」

しばらくすると、やっと外科の外来から呼び出しがありました。
結局、私ひとりで話を聞くことになりました。

外科外来の診察室に入ると、先生がすぎやんのレントゲンをにらんでいます。

「十二指腸にガンがあるということで」
「はい」
「それと、肝臓にも影がありますね」
「影って、どれですか?」
「これ、これ。ここ」

先生が指された先には、確かに黒い影が見えました。

「これって、ガンですか?」
「細胞とかを診たわけじゃないけど、この形からすると、間違いないでしょうね。十二指腸からの転移だろうなぁ」

そして、ひとこと。

「難しいなぁ・・・」

その後、図を書いて説明して下さいました。


外科医の説明


手術手技としては、「膵頭(すいとう)十二指腸切除」というものになるそうです。
簡単に言うと、十二指腸を全部摘出、胆管とすい臓の一部なども摘出、残った内臓を食べ物が通るようにつなぎ合わせる手術だそうで、十二指腸乳頭部ガンの手技と同じだそうです。

十二指腸のガンだけを切除するのは、臓器密集地帯であることと、門脈と呼ばれる非常に重要な血管があるため、難しいんだそうです。

「手術の方法としては確立されているんですけど、かなり大きな手術になりますね。それに、肝臓にあるガンも取れれば取ってしまいたいなぁ」

肝臓への転移がなければ、すぐにでも手術したいともおっしゃいました。

「転移が1箇所だけならいいんだけど、広がり具合によっては手術をしてもムダという可能性もありますね」

さらに、術後の合併症発症の確率も、普通の手術よりは高いこと、十二指腸を全て取ってしまっても完治するとは限らない、つまり、どこか別の臓器に転移している可能性もあるとのこと。

もう一つの方法は、胃から直接腸につなぐバイパス手術。
十二指腸のガンをそのまま放っておいて、とりあえず食べ物を通すためだけの手術です。

「でもそれだと、こんなことを申し上げるのも何なんですが、命の期限が・・・余命半年、1年くらいになっちゃうかな・・・」

さらに、肝障害からくる黄疸も出てくるし、出血が止まらないので貧血状態になってしまうとのことでした。

深いため息をつく私を見て先生は、こうおっしゃいました。

「ご家族にとっては、難しい選択ですね・・・」

内科主治医からは、血管造影検査を行うと既に言われています。手術をするとなれば、さらに他の検査も必要かもしれません。
その検査結果が出た時点で、改めて話をするという結論に至りました。

「手術をするとなれば、お父さんにも告知を含めて、ある程度のお話をしないといけませんしね。何も話さないという方法もありますけど・・・」

どっちにしても、十二指腸乳頭部ガンというのはちょくちょくあるらしいですが、十二指腸そのものにガンができるというのは非常に珍しいとのことでした。

「そんなに珍しいんですか」
「症例がまずないんですよ。それに、十二指腸ガンに効く抗がん剤もないんです」

強烈な現実にふらふらになりながら部屋に戻ると、すぎやんは熟睡中。
一向に目を覚まさないので、起こしました。

「どうやった。どんな話やった?」
「まだはっきり決まったわけとちゃうけど、手術の方向に1歩近づいたな」
「内視鏡では取れんのか」
「大きすぎて、あかんみたい」
「そしたら、どうするんや」
「切腹。腹切りや」
「腹、また切るんか」
「その方が一番手っ取り早いらしいわ」

過去に何度も開腹手術を受けているすぎやん。私もなるべくなら開腹手術は避けてほしいと願ってきました。
だけど、このままだと食べ物が通りませんし、開けてみないとわからないことも多いのは確か。

がっくりしながら帰宅し、どうすべきかさんざん悩んだ末、かかりつけ医に電話してみました。

忙しい時間帯だったにもかかわらず、先生はすぐ電話口に出て下さいました。
外科外来で聞いた話を繰り返し、長年すぎやんを診て下さっている先生の見解をお聞きしました。

私の説明を聞いた先生は、こうおっしゃいました。

「膵頭(すいとう)十二指腸切除手術に耐えうる体力は、すぎやんは持っていると思います。すい臓に転移していると、激しい痛みが出ることがあってやっかいですが、影がないのなら不幸中の幸いです。合併症さえ出なければ、手術後1週間ほどで車椅子に座れるようになるだろうし、普通に食事もできるようになります。今心配なのは貧血がひどいことで、輸血などで貧血を解消してからの手術になるとは思います。正直、どこかに転移しているかもしれませんが、大きなガンを取ってしまえば、命を先延ばしにすることは可能だと思います。膵頭(すいとう)十二指腸切除手術にかけてみても、僕はいいと思いますよ」

気分は相変わらず重いですが、このお話を聞いて少しだけ気持ちが軽くなりました。
検査の結果次第ですが、あくまで前向きに生きようとしているすぎやんの気持ちに添えるような結論を出そうと、改めて思いました。

かかりつけ医との電話を終えてしばらくすると、病院から電話がかかってきました。輸血の同意書に印鑑が必要との連絡でした。
早速翌日から輸血が開始されるようです。






2008年12月2日のすぎやん

2008年12月2日のすぎやん


昼過ぎに病室に行きました。

「つねちゃんが来てくれた。今、帰ったとこや」
「え、ほんま?」

つねちゃんというのは、すぎやんの大好きな施設スタッフ(女性)です。
あわててエレベーターホールまで見に行きましたが、エレベーターは複数あるので、入れ違いになってしまったようです。

「つねちゃんと、男の子が来てくれた」
「誰?」
「いつも部屋に来てくれるやつや」
「Mさんのこと?」
「おう、そいつや」

2人がお見舞いに来てくれたのが、すぎやんは本当にうれしかったみたいです。
「退院したら宴会をしようと約束した」と何度も繰り返し言い続けていました。
ちょっと里心が付いてしまったようです。

前日に電話連絡があった輸血の同意書が、床頭台に置かれていました。
ざっと目を通し、すぎやんに署名させ、家族の署名欄に私の名前を記入、捺印していると、主治医が登場。
私の顔を見た主治医、「あ、ちょうどよかったわ」と言ってナースステーションにとって返し、「腹部血管造影検査」の同意書を持って来られました。

「腹部血管造影検査」とは、太ももの付け根(そけい部)の動脈からカテーテル(管)を入れ、そこから造影剤を入れて血管を撮影する検査です。
肝臓、すい臓、腎臓などの血管に異常があるかどうかが、この検査でわかります。

造影剤が体に入ると、熱さを感じるらしいです。
24年前に受けた血管造影検査で、身をよじるほどの熱さを感じたらしいすぎやん。その経験がすり込まれてしまって、忘れられないようです。

「あの熱いやつやな」
「そうです。以前やられたことがあると思いますよ」

検査は、5日の午後3時頃から実施される予定だそうです。

さらに、輸血についての説明も受けました。
すぎやんの貧血は、入院前よりさらに進んでいるようです。

「この間採血して調べましたら、ヘモグロビンの値が2とか3になっているんです。輸血をしたら、値が7くらいまでは戻ると思います」

書面には、濃厚赤血球を800ml輸血する予定と記載されていました。

「食べ物が下に落ちていかないから、それを何とかしないと、ね」

先生はそうすぎやんに言い聞かせ、病室を出ていかれました。

サインを済ませた輸血と血管造影検査の同意書を、ナースステーションに提出しておきました。

入院当初は寝ていることが多かったのですが、ここ数日は布団をたたみ、ベッドサイドに座っているか、布団を枕にして寝転んでいることが多くなってきました。
だけどあまり食欲もなく、無理して食べるとえずきそうになる時もあるようです。

そんなすぎやんですが、「ようなった。もう治った」と言い張ります。
私は、「十二指腸のできものは、全然消えてません。根本的には何にも治ってません」と言い返します。

言い合いしていると、看護師さんが輸血セットを持って登場。
ベッドサイドに座っていたすぎやんに、看護師さんは寝転ぶよう指示されました。

輸血開始前には、体温や血圧を計測し、すぎやんに異常がないかを再確認。
そして、点滴開始後5分は看護師さんが付きそう、輸血開始後は定期的に血圧などを測定して見守るとおっしゃり、「気分が悪くなったりしたら、すぐに言って下さいね」と、すぎやんに念押し後、輸血がスタートしました。


点滴と輸血


看護師さんが離れている時、「しょんべんや」と言い出したすぎやん。
でも起き上がることができないので、寝たまま用を足さなければなりません。
輸血中のすぎやん、自分で自分の「モノ」を出すことができないので、私がパジャマと下着の穴から引っ張り出すことに。

「どこにあるんや」
「立派なんがあるやろ」
「何が立派やな」

引っ張り出したすぎやん曰く「立派なモノ」を尿器に近づけ、無事寝転びながらの排尿に成功しました。

「トイレに行きたくなったら、すぐ看護婦さんを呼ぶんやで」と、何度も言い聞かせ続けています。
すぎやんも「ここは病院やから、頼らな損やな」と、やっと言い出しました。

しんどいんだろうなぁ。






2008年12月3日のすぎやん

2008年12月3日のすぎやん


病院から電話がかかってきました。

前日から開始された輸血以降、すぎやんの調子が少しおかしくなり、排尿に何度も失敗、替えのパジャマがなくなってしまったとのことでした。
そのため、ズボンは病院の物を使い、病院のリハビリパンツ(紙パンツ)を履き、一時的に紙オムツも使用したみたいです。

「申し訳ないんですが、使用した枚数の紙オムツとリハビリパンツを返却して頂きたいんです」
「わかりました」
「サイズは、Lサイズの方がいいと思います。小さいよりは大きい方がいいですから。それと、尿取りパッドがあれば、オムツとかリハビリパンツの節約にもなりますんで」

そこで、病院へ行く途中に薬局に立ち寄り、リハビリパンツと尿取りパッドを購入。その店には紙オムツはなかったので、また後日購入することにしました。

こういう物にお世話になるのは、本当に久しぶりです。
病院での生活が長かったせいもあり、施設入所後もしばらくはリハビリパンツだったのですが、すぎやん自身の希望もあり、頑張って普通のパンツに切り替えたのです。

数年ぶりにじっくり見ましたが、目移りするほど多くの商品があり、機能も充実しています。
驚くと共に、オムツなどを必要とする方を介護されている方がいかに多いかということを考えさせられました。

リハビリパンツと尿取りパッド、それに洗濯物が入った袋を抱えて病室に行くと、すぎやんからのいの一番の報告が、施設長さんが面会に来てくれたこと。

「これで(施設からの面会者が)3人目や。1時間位いてくれた。仕事の途中で抜けてきたんやって言うとった」

ものすごくうれしそうな顔をしていました。

ベッドの脇には、電話の内容通り、失禁まみれの洗濯物がてんこ盛りです。

「輸血、しんどかったん?」
「昨日、途中から寒気がしてしんどくなった。そやから、量を調整しよったんとちゃうか」

この日も午前中輸血があったみたいです。

すぎやんの右手の親指の先に、何か機械が付いてます。


親指の先

計測器


「これ、何?」
「知らん。刺す時、痛かったわ。今も痛い。うっとうしいわ」

後日確認したら、血糖値を計る機械だったみたいです。

この機械のコードの他にも、ナースコールのコードに点滴の管、テレビのイヤホンのコードと、すぎやんの周りはコードだらけ。
イライラしてます。

「うっとうしい。こういうのは嫌いや。何とかせえ」
「何とかせえ、って言われても。全部いる物やねんから、ちょっと我慢してな」

なだめていると、夕食が配膳されてきました。
この日のメニューは、おかゆ・シチュー・ジャガイモをつぶしてあんをかけたもの、ゆがいたカリフラワー。

あれこれ文句を言いながらも、すぎやんは頑張って食べていました。
ただ、あまり食が進まないようです。

今後の治療に向けての準備なども、着々と行われているようです。

「今日、外科の先生がここに来よった。腹を見せてくれって言われた」
「そう?」
「わりとがっちりした先生やった。医者って感じがする先生や」

血管造影検査が、明後日に迫ってきました。
看護師さんから、T字帯とバスタオルが必須アイテムで、検査中はバルンを入れるので、失禁の心配はないと思うが、リハビリパンツか紙オムツがあればなおよいと説明を受けました。

輸血の疲労はまだ抜けていないようで、なぜ自分のものではないパジャマのズボンを履いているのかが理解できません。
排尿に失敗して手持ちのズボンが全て濡れてしまったから、病院のズボンを今だけ借りているということを何度説明しても、なかなかわかってもらえません。

帰り道、ため息、ひとつ。






2008年12月4日のすぎやん

2008年12月4日のすぎやん



薬局で紙オムツとT字帯を購入して、病室に持って行きました。


ピップ T字帯
ピップ T字帯


輸血も終わったばかりのようで、ちょっと疲れた様子でした。
翌日の血管造影検査に備えて、バルン(バルンカテーテル)が挿入されていました。一昔前に比べると、導尿バッグ(尿をためる袋)も格段に良くなってます。

バルン挿入、かつ翌日の血管造影検査が不安で、すぎやんはかなりナーバスになっています。
施設のスタッフたちが見舞いに来てくれて、里心もついてしまったこともあり、この日はぼやくぼやく。ぼやきまくりです。

向かいのベッドの人が、夜になったらベッド周りの物に触り、がたがたと音をたてるので、寝られない。
今いびきかいて寝て、晩になったら寝よらへん。
隣のベッドの人が、床頭台の扉を音をたてて閉めるので、寝られない。

なんだかんだと、延々ぼやいてます。

「ほんまに、どこへ行ってもぼやいてるなぁ」
「わしがこんなにぼやいたんは、ここだけや」
「施設でもしょっちゅう怒ってたやん」
「・・・そやったかな」
「そんなに神経使ってたら、治るもんも治らへんで」
「わしはもう、どっこも悪うない」
「どっこも悪くない人が、なんでずっと点滴して、輸血までしてるん?」
「明日検査終わったら、もう帰っていいです、って言われるぞ」
「検査が一段落するだけ。まだ何にも治ってないんやから、帰れません」

とにかく、翌日の血管造影検査が、不安で不安でたまらないようです。
同意書まで書かされるほどの検査です。それも動脈に管を入れるんです。考えただけでも身震いする検査なので、当然ですね・・・。

配膳されてきた夕食は、おかゆ・茶碗蒸し・白身魚を蒸したもの・野菜の付け合わせというメニュー。
食欲がないようでなかなか食べようとしませんでしたが、頑張ってかなりの量を平らげました。常にげっぷをしているので、つらいと思います。

いつもはベッドサイドに腰を掛けて食事していますが、さすがにこの日はベッドの上で食事し、食事後はすぐ横になってしまいました。

まるでいろいろな怖さから逃れるように、全ての出来事を人ごとのようにしゃべるすぎやん。
そのあまりの人ごと目線に、私はあきれています。

「自分がなんでここにおるか、何で帰られへんか、まだわかってへんやろ。すぎやんは病人なんやで」
「わしは病人とちゃう」

でもこれが、片麻痺生活24年で会得した、すぎやんなりの「頑張る力」かもしれません。








2008年12月5日のすぎやん

2008年12月5日のすぎやん


いよいよ血管造影検査の日です。
検査が終わった頃を見計らって、私は夕方5時頃に病室に行きました。

ベッドには2人の看護師さんがおられ、すぎやんをチェックして下さっていました。

「今、検査から帰られたばかりなんですよ」

血管造影検査開始は午後3時頃からだと聞いていたので、2時間くらい検査室にいたということです。
そんなに時間がかかるとは、思っていませんでした。

すぎやんはT字帯を付け、検査着を着用しているとはいえ、半ば裸の状態で横になっています。

「検査、2時間くらいかかった」
「お疲れさんでした。しんどかったやろ。大物の検査は、たぶんこれで終わりやと思うで」

数日前からかなり緊張していた検査が終わり、すぎやんは本当にほっとしたみたいです。

「ああ、やれやれや」。

検査疲れか、検査時の局部麻酔が効いているのか、理由はわかりませんが、この日は言葉が非常に聞き取りづらく、何回も聞き返さなければなりませんでした。

それでも、検査室には4人くらいの人がいたこと、検査室にあった画面が大きくてびっくりしたこと、恐れていた造影剤注入時の強烈な熱さは感じなかったこと、何がどうなったのか見えないのでよくわからないが、とにかくあっちこっち触られたことなどを、矢継ぎ早に話してくれました。

「何も着んとすっぽんぽんで寝転ばさせられた。こっちは動かれへんし」
「みんなに、生まれたままの姿を見せてしもうたんやな」
「恥ずかしかったわ」

検査に備え、この日は朝から絶食しているらしく、検査が終わってからもしばらくは飲食できません。
看護師さんは、「夜の9時頃に食事を持って来ます。私がお手伝いしますから、お食事しましょう」とすぎやんに言ってました。

とにかくかなり疲れた様子で、目がとろんとしていて、今にも寝入ってしまいそうな顔をしています。
私がそばにいると、すぎやんは気を遣って寝ようとしないので、早めにおいとましました。






2008年12月6日のすぎやん

2008年12月6日のすぎやん


検査着からパジャマに着替えさせてもらい、寝転んでテレビを見ていました。

午前中、胃透視検査が行われたようです。
以前、外科医とお話しした時に必要だとおっしゃっていた検査です。

「『胃の中にぎょうさん(消化されていない食べ物が)溜まってる』って言うたはったわ」

前日に比べるとまだましですが、この日も言葉がややもつれ気味で、聞き取りづらかったです。
そのうえ、「血管造影検査は、まだやってない」と言い出す始末。

「昨日、私にいろいろ聞かせてくれたやん」
「???」
「もう検査は、昨日終わってるで。忘れたん?」

局部麻酔が効いていたことと、検査中に何をされたのかが見えず、内容がさっぱり把握できなかったのが原因みたいです。

午前中の胃透視検査で、すぎやんの検査は終了です。

「先生にもそう言われた。『帰れますか?』って聞いたら、『ダメ』って言われた」
「ダメって、そんなにきっぱり言われた?」
「うん」
「そやからもう観念して、しばらくここにおろう、な」
「手術かどうか、はっきり言いよらへん。『検査結果を見て、これからいろんな先生と検討します』しか言わへん。逃げとる」

私も早く検査結果が聞きたいです。
かなりあきらめの境地ですが、やっぱりどうしても手術をしないといけないのかな。

先日、すぎやん愛用のラジオが一時行方不明になりました。
看護師さんとかを巻き込んで騒いだらしいのですが、私がすぐに発見。
シーツ交換の時に、ベッドの下に巻き込まれてしまっていたのです。

それで、100均で購入したカゴを持って行き、ベッドの柵に引っかけて、その中にラジオを入れておくように言いました。

そんなすぎやんは、大好きなマグロや寿司が映し出されているテレビを見て、一緒になって口を開けてます。

「固形物が食べたい」

食べ物満載のすぎやんの胃からは、しょっちゅう音が聞こえています。

一昨日から、すぎやんはバルンを入れたままです。
当然排尿の失敗がないので、洗濯物はぐんと減りました。

「しんどいんやから、しばらくはこのままでおったら?」
「そやけど管を入れっぱなしやったら、感覚を戻すのが大変なんや」
「まぁ、それもそやなぁ」

回ってこられた看護師さんにも、同じように訴えていました。看護師さんは、「先生に確認してみますね」とおっしゃっていました。

しばらくすると、別の看護師さんが抗生剤の点滴を持って来られました。
パセトクールという、感染症予防の薬のようです。

私がいない時に点滴が開始され、その後24時間点滴しっぱなしなので、一から点滴を始めるシーンは初めて見ました。

看護師さんは、点滴の袋に貼られたすぎやんの名前シールを見せ、名前に間違いがないか口頭で確認されました。
その後、小さいバーコードリーダーを取り出し、点滴液のバーコードと、すぎやんの腕に巻き付けられているタグのバーコードを読み取っていました。

本人確認はもちろん、薬剤の在庫管理や投与ミス防止もできます。
さらに、この病院は電子カルテを採用しているので、複数の科を受診したとしても、診療・看護内容の一元管理が一発でできます。
母の在職時・入院時との大きな変化に、感心してしまいました。






2008年12月7日のすぎやん

2008年12月7日のすぎやん


部屋に入ると、すぎやんは車椅子に座ってテレビを見ていました。
入院してからは、ほとんど寝ている姿しか見ていなかったので、ちょっとびっくり。

「看護婦さんに、『起きた方がいい』って言われた」

点滴と導尿バッグが道連れなので、点滴棒が付いている病院の車椅子を借りてました。
既に、廊下の端からナースステーション前まで散歩済みらしいです。

せっかくなので、院内散歩に出かけました。

まずは、ナースステーション前にあるデイルームへ。

「ここは何する所や?」
「見舞いに来た人とかがいられる場所。入院中の人と見舞いの人がここでしゃべってはる時もある。それにここは、携帯が使える場所なんや」

その後、エレベータで1階に降りて、院内一周。
日曜日なので外来は電気が消えていましたが、「ここに検査で来た」とか、「ここにも来たな」などと、すぎやんは話していました。

部屋に戻ると、一昨日の血管造影検査の際に入れたカテーテル跡の処置が行われました。
傷口は特に問題なく、治りつつあるようです。

入院してからずっと続く、24時間ぶっ通しの栄養点滴。邪魔で目障りな存在なので、気になって仕方がない様子です。
点滴の袋を見上げて、「もう終わりやな」と何度言ったことか。
私はその都度、「まだこんなにある。晩になったらまた持ってきはる」と繰り返します。

袋も液も透明なので、点滴の進行具合が見えづらいのです。

食欲は相変わらず進まないようです。「(食事を)見るだけで嫌になる」と言ってました。
ただ点滴のおかげで、顔色は悪くありません。輸血も一旦終了したようです。

前日からの「血管造影検査はまだやっていない」というセリフも、相変わらずです。
どうやら昨日行われた胃透視の検査と、いっしょくたにしているみたいです。

でもとりあえず「検査が終了した」という主治医の言葉は、しっかり覚えているすぎやん。
結果はどうなのか、退院できるのかどうか、聞きたがってます。まぁ、当然ですが。

「どうするかを検討する、って言われた。お前、聞いてるんやろ?」
「ほんまに聞いてへんって。しばらく先生の顔、見てへんもん。私も早く聞きたいくらいや」
「早う、帰りたい」
「あのな、ずっと前からしんどかったん、我慢してたんやろ? 我慢せんと、もっと早くしんどいって言うてくれてたら、こんな長いこと入院せんでも済んだんやで」
「これからは早めに言う。もうこんな長い入院、懲りた」

ほんまかいな。

乗り慣れた車椅子と違って、借り物の車椅子に座るのはしんどいようで、私が帰る前にベッドに移っていました。






2008年12月8日のすぎやん

2008年12月8日のすぎやん


「先生が、『ねえちゃん(私のこと)に話があるから、明日の夕方に顔を出してくれへんかな』って言うとったぞ」
「明日の夕方って、何時頃がええんかな?」
「知らん」
「・・・まあええわ。あとで看護婦さんに聞いてみるわ」

ふたりでごちゃごちゃとしゃべくっていると、主治医の先生がすぎやんの向かいのベッドの方の様子を見に来られました。
私が声を掛けると、「あ、そしたら今日話しましょか」と言って下さり、面談室へ向かいました。

部屋に入るなり先生は、「難しいことになっているんですわ」とおっしゃいました。

「難しいんですか?」
「そうですね・・・。結論から申し上げますと、以前言っていた根治手術は、無理です」
「え、できないんですか?」

膵頭(すいとう)十二指腸切除手術を覚悟していた私は、すっとんきょうな声で返事をしてしまいました。
前の週まで行われていた精密検査の結果、そして外科医の見解から最終判断されたようです。

すぎやんの正式病名は「十二指腸ガン」と「転移性肝腫瘍」。
十二指腸にできたガンが、肝臓にも転移しているということです。この転移が、手術の実施に大きな障害になってしまっているようです。

先生は、検査結果の詳細までは口にされませんでしたが、肝臓以外にも転移していると考えておられるのではないかと思いました。
要するに、現状では危険を冒してまで根治手術をするメリットがない、あるいは手術をしてもムダな状態である、というところではないでしょうか。

そして先生は、2つの治療法を挙げられました。

1つは、抗がん剤治療。

十二指腸ガンの症例が少ないため、十二指腸ガンに効果があると考えられる抗がん剤は、ありません。
そこで、「TS-1(ティーエスワン)」というカプセルタイプの抗がん剤を朝晩服用、その合間に「ジェムザール」という抗がん剤を点滴するという治療を、約2〜3週間続け、しばらく投薬を休むというサイクルを繰り返すらしいです。

そして、腫瘍の変化をチェックし、もし腫瘍が小さくなればその時根治手術を行うという案です。

「おかゆや刻み食レベルの食べ物は何とか通るようですので、もし薬の効果が出れば、今よりも食が進むようになるでしょう」

ただ、経過が順調ならば退院可能だが、定期的な入院治療が必要になるだろう。
抗がん剤の副作用や十二指腸からの出血の影響で、輸血も必要となるだろう。血管が非常に出にくいので、退院する際にはIVHポートと呼ばれる、埋め込み式の点滴口を留置する必要がある。
何よりも、TS-1もジェムザールも、胃ガン・すい臓ガンなどに効果があると期待されている抗がん剤なので、十二指腸ガンに効果的かどうかは予想がつかない。

先生は、そんなことをおっしゃいました。

もう一つは、バイパス手術。

十二指腸のガンをそのままにして、胃と腸をつなぐ手術です。
この手術をすれば、食べ物は食べられるようになります。
だけど、十二指腸からの出血は止まりませんので、貧血は続きます。なおかつ、黄疸などの肝臓障害が現れることは間違いありません。

「外科の方では、この手術なら今すぐにでもできると言ってます。すぐに準備にかかれば、年内の手術も可能だと思います」

主治医は、どちらかの治療法を選んでほしいとおっしゃいました。

「先生は、どちらの方がいいと思いますか?」
「うーん、外科医師は、まず抗がん剤を試してみて、腫瘍が小さくなったら手術という方を勧めてますね」

内科医である主治医は、どちらとも判断しかねるようで、うなっています。

「もしバイパス手術をして、経過が良ければその後に抗がん剤治療をする、っていうのは、ありですか?」
「うん、それはありですね。でももし抗がん剤が効いて、腫瘍が小さくなって根治手術ができそうになった場合でも、再度の開腹手術は難しいでしょうね」

説明を聞きながら、頭を抱えてしまいました。

「なんでまたこんなけったいな所に・・・」
「そうですね・・・」

私のつぶやきを否定しない先生。

考え続けている私を見て、「まぁ、どなたかに相談されるなりして、よくお考え下さい」と先生はおっしゃいました。

すぎやんは、この話をしたら、どう言うだろう。
すぎやんが一番望むことは、なんだろう。
誰かに相談云々より、一番大事なことは、すぎやんの思いです。

「本人に言っても(告知しても)、たぶん大丈夫だと思うんだけどな・・・」
「ご本人に言って、決めて頂きますか?」
「・・・そうですね。難しい話はよくわからないから、いろいろ私に聞くとは思いますけど、しばらく落ち込んだりするだろうけど、たぶん大丈夫だと思います」
「わかりました。それで行きましょう。あさってぐらいにでも、僕からも説明します」

こうして、治療方針決定はすぎやんと相談してからということになりました。

部屋に戻ると、すぎやんは「どうやった?」と食いついてきます。
「ちょっと待って」と言ってトイレに行き、気持ちを落ち着かせてから再度すぎやんに向かい合い、全部話しました。

十二指腸にガンができていることも。
そのガンが、肝臓に転移していることも。

「わしは、もうあかんっていうことやな」
「いや、別に、あかんってわけちゃうで」
「そやけど、肝臓が一番大事なんや。そこに行ってるってことは、あかんやろ」

かつて酒の飲み過ぎで肝硬変になり、黄疸で体中が真っ黄色になった経験があるすぎやん、そんなことだけはわかってます。

「覚悟はしとった。先生、何も言わんかったからな」

やはり、かなりショックを受けている様子です。

「私もショックで、ぼーっとしてる。いらんこと言うて、ごめん。でもすぎやんやから、頑張れると思うて全部言うた。これが全部。何も隠してへん」
「言うてくれてよかった。お前にまた心配かける。それが一番つらい」

でも、言ってよかったのかな、悪かったのかな。

「手術とか難しいこと考えんと、すぎやんはどうしたい? ご飯が食べられるようになりたい?」
「何とか(ガンの)進行を止めてほしいのが一番や」

おお! 何て前向きな!

「もうあかんかもしれんけど、苦しまんといきたいな」
「うん、死ぬまで元気でおらなあかん。喧嘩しもってでも、死ぬまでしゃべってたいからな」

しゃべっていると夕食が配膳されてきましたが、すぎやんはおかずをほとんど残していました。
食事後、「寝転ぶ?」と聞くと、「寝転んだら(食べた物が)出てきそうになるから、しばらく座ってる」と言ってました。
胃の中には、かなり食べ物が残ってるようなので、当然です。だけど、

「ビールやったら入るんやけどな」

私の帰り際には、告知ショックがじわじわ広がってきているようでした。

「ボディーブローが今頃効いてきた」

それでも最後には、「腹はくくった」と言っていました。






2008年12月10日のすぎやん

2008年12月10日のすぎやん


寝転んでテレビを見ていたすぎやん。

病院のテレビはこんな感じのもの。


病室のテレビ


画面部分は360度回転させられるのですが、前々からすぎやんは画面を逆さまにして見ている時が、よくあるのです。この日も画面は逆さまでした。

本当に見えてるんでしょうか? 内容がわかっているんでしょうか?

一昨日にすぎやんにガン告知をして、私もずっと考え続けました。
悩んだ結果、私の中では抗がん剤治療を選択した方がいいのではないかという結論に至りました。

バイパス手術は、どちらかというと後ろ向きの選択です。
今まで「何くそ根性」を貫いてきたすぎやんには、似合わないように思ったのです。それより、ダメもとで戦う方がすぎやんらしい。
何より「ガンの進行を止めてほしい」という気持ちを持っているすぎやんの意思に、抗がん剤治療の方が沿っているように思えたのです。

で、聞いてみました。

「決めた?」
「何を?」
「これからどうするかっていうこと」
「???」

何、その不思議そうな顔は。

「この間話したこと、覚えてる?」
「ここのことか」

すぎやんは、自分のお腹を指さしながら答えました。

「うん。そこをどうするか、考えた?」
「???」
「この間、私が言ったこと、忘れた?」
「???」

そこで、病状や治療方針について、再度説明しました。
でもすぎやんは、自分の病気がガンであるということ以外は、よくわかっていません。
何より、理解しようとしていません。

「すぎやんは、どうしたい?」
「お前、決めてくれ」

すぎやん自身のこれからのこと、私に丸投げするなよ!

まぁ、でも当然の反応です。
すぎやんは、自分の人生を自分で決めたことなど、一切ありません。
そういう時代風潮だったこともあり、仕事も結婚も他人に言われるままやってきた人です。

自分に与えられた中で、とりあえず努力はします。でも自分が嫌だと思ったことは、一切しません。
現役中も、嫌な仕事が割り当てられた日は、とっとと早退していたらしいです。
あるいは、酒を飲んで運転できない状況を作ってしまう。

だけど、告知した時から言っていた「ガンの進行を止めてほしい」という希望は、この日も変わってはいませんでした。

「十二指腸ガンに効果があるという抗がん剤はないらしいから、効くかどうか保証はない。けど、とりあえず入れてもらって腫瘍を小さくなるかどうか見てみようか。かなりの長期戦になるし、副作用でしんどくなることもあるかもしれない。大変だけど、頑張れる?」
「それしかないんやったら、やる」

何だか誘導尋問のような気もしましたが、私達の方針はこの場で決まりました。

その後も、忘れっぽいすぎやんに同じ説明を何度も繰り返していると、主治医の先生が病室に来られました。
なんでも、午前中にすぎやんに説明して下さっていたみたいですが、当のすぎやんは、先生の説明をさっぱり覚えていない様子。

「今、ふたりでいろいろ話をしていたんですけど、抗がん剤でいこう、ということでまとまりました」
「そうですか。わかりました。そしたらそれでいきましょか」

そうおっしゃった後、段取りの都合で治療開始は翌週の月曜日からになること、飲み薬を朝晩服用、その合間に2回点滴治療し、副作用の状態にもよるが、順調にいけば1ヶ月くらいで退院できるだろう、その後は様子を見ながら外来で点滴(血液検査と点滴で、その日は1日仕事)してもらうということになる、IVHポートという埋め込み血管を作る、という説明をされて退室されました。

先生が退室された後、すぎやんはすぐ私に話しかけてきました。

「先生、何言うとってん?」
「聞いてないの?」

で、また同じ話を繰り返す私。

だけど、すぎやんのショックは、やはり大きいようです。落ち込んでます。
その様子を見ると、私もつい一緒になって落ち込んでしまいます。

「いらんこと言わんとったらよかったかな・・・」
「いや、聞いてなかったら、何の病気やろって悩んでた」
「どっちにしても、悩みはつきひんか・・・」
「わしはお前に迷惑かけるんが、一番つらい」
「そんなことないって。すぎやんが頑張るって言うんやったら、私もつきあう。ほんまに治る見込みがないんやったら、先生かって『もう何もできませんのでお帰り下さい』って言わはるで。でもそう言わはらへんってことは、望みがあるっていうことやん。100%ではないけど、0%でもないってことやん」
「なんかあったら、すぐ来てくれよ」
「心配せんでも、私はすぎやんの身元引受人」
「そうか、そうやな」

もう、何が何だかわからなくなってるんだろうな。

かかりつけ医の所で、すぎやんの貧血の話を初めて聞いてから、この日でちょうど1ヶ月です。






2008年12月11日のすぎやん

2008年12月11日のすぎやん


この日は、マイ車椅子に座っていたすぎやん。
点滴と尿取りバッグがお供として付いてくるので、移動式の点滴棒を借りて、院内散歩に出かけました。

口を付いて出てくるのは、文句ばっかりです。
病室にいるのはうっとうしいし、散歩に行っても点滴と尿取りバッグが常につきまとっているので、今までのように自由に動けません。
当然と言えば当然なのですが、いらいらいらいらしています。

1階外来をのんびりうろついていると、エレベータの前で主治医とばったり。
そのまま治療スケジュールの説明会になりました。

抗がん剤投与は、翌週の月曜日、15日からスタート。

朝と夜の食事後に、TS-1というカプセルタイプの抗がん剤を2週間服用し、8日目(22日)と15日目(29日)には、ジェムザールという抗がん剤の点滴。
その後1週間服用を休んで、1月5日の月曜日から2クール目を開始する、というようなスケジュールのようです。
その合間には、血液検査などがしょっちゅう入ります。


抗がん剤スケジュール


「30日から病院も休みに入るし、1月5日が病院が始まる日なんで、ちょうどいいんですよ」

先生は手帳を見ながらそうおっしゃいました。

薬の量は、体表面積から決められるそうです。
すぎやんの場合はいろいろと既往症もあるし、70代ということもあるので、通常の方よりもちょっと少なめの投与からスタートするようです。

先生が立ち去られた後、すぎやんは私を見て言いました。

「先生、何言うとってん?」
「だから、わからんかったらちゃんと聞かんとあかんやん」

で、同じ説明をもう一度繰り返しました。

わかったのかわからないのかわかりませんが、すぎやんは「まな板の上の鯉や」と言っていました。

文句と愚痴ばかりの上に、すぎやんは私の説明を全て茶化します。
真剣にしゃべればしゃべるほど茶化すので、ものすごく腹が立ちました。

病室に戻っても、人の話を全く聞こうとしないので、「人の話を聞け!」と怒っていたら、向かいのベッドの患者さんを処置中の看護師さんに笑われてしまいました。

混乱していて不安なんだろうとは思います。
でも、何度説明しても状況が飲み込んでもらえないので、心底疲れました。






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